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絶対神をもたぬ日本文化から絶対性を探る

【絶対理性】
(不完全版)
誰しも
神様の存在を考えることがある
私は幼いころ
神様がいてくれないものかと強く望んだ
人生や世界に対して生真面目だった
もし神様がいないのなら
その代わりに
何か
とにかく何か絶対的なもの
拠り所となるものが欲しかった

やがて
確たるものが見つからぬ失望感は
少年の成長に
むなしさと諦めの影を残していった
そして10代の半ばには
神様のことなど考えなくなっていた

しかし
生命に対する根本的な疑問と
活力みなぎる肉体のエネルギー
それらは
己の命を掛けることのできる何かを
確実に欲していた
それが見つからないことへの
苛立ちと失望は
ときに若者をいわれなき反抗へと駆り立てる
端的なのが暴走行為だ

そして私は
自らの命をあえて危険にさらすことで
図らずも
かつて求めていた
絶対的なものに対面した

初めはそれを
「死」
だと思った
しかし何かが違う

振り返れば
それは
どこにでもいて
すべてを見ていたような気がする

それはたぶん
ただただ黙って
世界を
薄い密度で覆っている

それは
純粋な厳格さをもって
すべてと
関わっている

それはまるで
どうすることも出来ない
時の流れそのもののよう

絶対的な存在を求めながらも
宗教へたどり着かなかったのは
宗教的情熱が比較的に希薄な
日本の
文化風土のためだろうか?
幸か不幸か私は
未だかつて
信仰をもたずにいる

しかし
無意識のうちに
絶対的な存在を探していたようだ
そしてある時

時の流れは重力によって
そのスピードが左右されるが
人類が
この星の地表で生活している限り
一定といってよいものだ
そして

時の流れは
いつでもその歩みを正確に保ち
どんなに苦しいときも
どんなに楽しいときも
時は平等に刻んだ

時の流れはなにも隠さず
私の前には常に
結果としての今が示された
時の流れは
全てのことに関わり
全てを取り返しのつかない事実と化して
進んでゆく
私は
これほど純粋で厳格な理性を他に知らない
立派な人格者の理性も
国家や宗教的理性も
人間の関わる理性には情が含まれてしまう

人間の理性は完璧ではない
人は
それぞれの理性的判断に差異があり
社会には裁判が絶えない
人は「時の流れ」を
無情と呼ぶが
 

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